この話は私がアメリカへ留学した直後の話です。

 

留学といっても、このときは語学学校へ通っていたときで、遊び半分で生活していました。一ヵ月後に大学へ行くことになっていたので、その前にアメリカ生活に慣れておこうということで、色々なことをしていました。

 

その日は、観光でロサンゼルスに来ていました。ガイドブックに載っているような名所見物と、リトル東京にあるヤオハンで日本の本を買うのが目的でした。

 

最初はロサンゼルス初体験ということで、少し緊張もしていました。犯罪が多い街というイメージがあったので、周囲に注意を払いながら歩いていたのですが、それも30分もすると、すっかり慣れ、日本にいるような感覚になっていました。
それが、大きな間違いでした・・・

 

市内見物を終えた私は、リトル東京へ向かうことにしました。名前は忘れてしまいましたが、ロスの中心部からリトル東京へ向かうときは、目印となる大きな建物があるので、それさえおぼえておけば、まず間違いなく辿り着くことが出来ます。

 

そこで、私は地図を見ずに、その建物の方角へひたすら向かっていました。そして、10分ぐらい歩いたときです。ふと私は気づきました、とんでもないところへ紛れ込んでいることに・・・

 

一言でいえばスラムです。道路はごみだらけ。黒ずんだ建物ばかりです。周りを見渡しても、目つきの悪い黒人しかいません。

 

しまった・・・状況を理解した私ですが、そうはいっても何も出来ません。引き返そうにも、既にかなり奥まできています。

 

私は明らかにその場にいるのが不自然な人間です。周りの黒人の視線が私のほうへ向けられています。何かされるのでは・・・そんな恐怖感でいっぱいになりました。

 

ここで怯えた態度をとったら終わりと思った私は、平然とした感じで歩き続けました。もちろん、周りに注意を払っていて、何かあれば走り出すつもりでいました。

 

結果的には、無事そのエリアを通り抜けて、リトル東京へ辿り着くことが出来ましたが、そのときは汗びっしょりでした。そのスラムを歩いた時間は10分もなかったのですが、途方もなく長い時間のように感じました。

 

何も知らない日本人観光客がトラブルに巻き込まれる話を聞いて、オレは違うと自信を持っていた私ですが、自分も同じ感覚だったことに気がつきました。私が無事だったのは、運がよかっただけだと思います。

 

このときの体験で、すごく印象的なことがあるのですが、その日リトル東京ではフェスティバルが行われていて、そのスラムを歩いているときにも、その様子が見えました。

 

わずか100メートル先ぐらいでは、お祭りがあってみんな楽しそうにしています。でもそれを見ている自分は身の危険を感じるような場所にいる。このギャップは今でも忘れられません。そして、その100メートルが遠かったことも。

 

アメリカでは道路1本で安全な場所と危険な場所が分かれるということを聞いてはいましたが、それを実感した出来事でした。